徳川慶喜・渋沢栄一墓所|東京都台東区上野谷中霊園

 2021年NHL大河ドラマ『青天を衝け』で吉沢悠さん演じる渋沢栄一、草薙剛さんが演じる、江戸幕府最期の将軍・徳川慶喜、二人への注目が高まっている。

徳川慶喜墓所

徳川慶喜は大正2年(1913年)11月22日肺炎を患い死去。江戸、明治、大正と三時代を生きた。享年77歳。

墓所は上野寛永寺・谷中霊園の中にある。

塀でおおわれており、柵の外からのぞき見える。祝日や連休はガイドが立っていることもある。同じ敷地内には渋沢栄一の墓所もある。

徳川慶喜墓所|東京都台東区谷中霊園
徳川慶喜の墓

徳川慶喜墓所の説明板
徳川慶喜墓所の説明板

所在地:東京都台東区谷中7丁目1−1(谷中霊園内)

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渋沢栄一墓所

渋沢栄一墓所|東京都台東区谷中霊園
渋沢栄一墓所
渋沢栄一は埼玉県血洗島出身。水戸家に仕え、慶喜が将軍に就任した際には幕臣となった。
京都で慶喜に仕官した際には、新選組と共に幕臣の裏切り者・大沢源次郎を捕縛している。
慶喜の弟・徳川昭武がパリ留学するさいに共に渡仏しパリ万博に参加。そのまま2年間パリに滞在した。
大政奉還、戊辰戦争は栄一がパリにいたときの出来事である。
共に徳川家に仕えていた従妹の渋沢喜作(成一郎)は上野戦争に彰義隊として参加したのち、箱館まで戦ったが投稿。のちに起業し栄一を助けた。
彰義隊には元新選組十番隊組長・原田左之助が参加しており、箱館には土方歳三がいた。
なにかと新選組とかかわりの深い人物である。
明治維新後渋沢は徳川家を助け、新政府で働き、銀行を作った。
昭和6年(1931))11月11日、91歳で死去。
墓所は谷中霊園青が縁。
向かい合うように徳川慶喜の墓が立っている。

所在地:東京都台東区谷中7丁目1−1(谷中霊園内)

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