沖田総司が眠る地|東京都港区専称寺 沖田総司墓所

六本木ヒルズのすぐ近くは沖田総司ゆかりの地が数多くある。その中の一つ専称寺は沖田総司の墓がありファンにとってかなり有名なゆかりの地だろう。

専称寺基本情報

名称:大向山 三光院 専称寺(せんしょうじ)

宗派:浄土宗

御本尊:阿弥陀如来

所在地:〒106-0046 東京都港区ミナトク元麻布3-1-37【地図】

沖田総司が眠る専称寺
専称寺

専称寺に眠る沖田総司

沖田総司は陸奥国白河藩藩士江戸下屋敷詰めの三代続く足軽小頭・沖田勝次郎※の息子(長男)として、江戸の白河藩屋敷(東京都港区西麻布)で生まれたとされている。港区西麻布には専称寺以外にも専称寺のすぐ近く櫻田神社など沖田総司ゆかりの地が数多く残されている。

専称寺はもともと沖田家の菩提寺であった。

肺結核にかかっており新選組が大阪から江戸へ戻ってきたときに宣戦離脱した沖田はその後、浅草今戸神社、植木屋長兵衛宅などで療養する。しかし療養の甲斐なく慶応4年5月30日(1868年7月19日)に死去。近藤の死を知らないまま亡くなったともいわれる。

生年が明確で無いため、享年については諸説あり、没時年齢については沖田家累代墓碑の24歳、沖田家文書の25歳、『両雄士伝』(小島鹿之助)における上洛時の年齢(22歳)から計算した27歳の3説が存在する。

死後親族により専称寺に埋葬された。

戒名は賢光院仁誉明道居士

新選組副長助勤、一番隊組長兼撃剣師範 沖田総司 慶応4年5月30日没

寺の右側の小路を行くと墓地だが、通常は立ち入り禁止。塀の外から沖田総司の墓を臨むことができる。

※専称寺の過去帳では「沖田林太郎次男」となっている。

専称寺と沖田ファン

寺は沖田総司の墓があるとしてかなり昔から有名であった。以前はほかの寺同様墓地は誰でも自由に出入りができたが、沖田総司ファンによる墓石を削って持ち去る事件や、沖田総司の歌を作り墓の前で演奏して騒音騒ぎになるなど、ファンにより迷惑行為が続いたため寺と沖田家の話し合いにより一般人の墓所へは立ち入りは禁止となった。

沖田総司忌について

普段は立ち入り禁止の墓所だが年に1回参拝が許される。それが「新選組友の会」が主催している「沖田総司忌」である。毎年沖田総司がなくなった6月に行われる。墓所へ入りお参りはできるもののお供え物や献花は禁止。

通常は墓参拝のあとに國學院大學へ移動して講演会が行われる。参拝のみは無料。講演会の視聴は会費2,000円が必要となる。

沖田総司忌は「新選組友の会」が主催しており寺主催ではない。問い合わせが寺へ行くと迷惑がかかるので詳細については「新選組友の会」へ。


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